フォト

つぶやき

日記

  • 日々綴記
    日常のいろいろをまったりと綴っています。

リンク

無料ブログはココログ

他のアカウント

« 異邦日和<2> | トップページ | une ombre »

2011年6月 4日 (土)

異邦日和<1>

「はぁ……遠いなぁ……」
ため息をついた少女、森崎柑菜(もりさきかんな)は、地下鉄御堂筋線を大国町で降りた。
柑菜の通う高校は、JR神戸線沿線だ。
JR梅田駅から高校の最寄り駅までは、さほど時間はかからないのだが、問題は地下鉄に乗ってからの乗り換えの多さだった。
もうずいぶん慣れた乗り換えだとはいえ、面倒なのは面倒だ。
JRの最寄り駅から梅田に出て、そこから地下鉄御堂筋線に乗り換え、さらに大国町で四つ橋線に乗り換える。
彼女はつい一ヶ月前までは、東京の八王子に住んでいた。
そこから高校へは、距離や通学時間でいえば、今の高校よりもさらに遠かったけど、乗換えがない分、遠いとはあまり感じなかった。
大阪へ引っ越してきて、新しい高校に通うようになり、柑菜は乗り換えの煩わしさをはじめて体験することになったのだった。
八王子にいた頃の彼女は、その通学時間のほとんどを読書で消化していた。
柑菜は本を読むのがとてもすきなのだ。
けれども、こうも乗換えが多くては、重いハードカバーの何ページも読み進むことが出来ない。
数ページ読んでは乗り換えになり、栞を挟んで本を閉じる。
こんなことを繰り返しているから、大阪へ来て、柑菜の読書のペースはがくんと落ち込んだ。
「東京のほうが良かったなぁ……」
もちろん、東京だって、乗り換えの多い人はたくさんいる。
柑菜も高校を卒業して大学へ通うようになれば、そうなっていた可能性もある。
けれども、それは別に今……高校2年の柑菜が経験しなくても良いのではないかと思ったりもする。
四つ橋線のホームに、柑菜の乗る住之江公園行きが到着する。
柑菜はそれに乗り、またしばらく読書にふける。
今度はいちおう終点まで行けばいいのだから、乗り越す心配だけはなかった。
「いいところだったのにな」
座席に座るなり、本を開き、夢中で活字を追った。

柑菜が読んでいるのは、普通の少女が異世界に迷い込む冒険ファンタジーだ。
ごく普通の少女が、ある日突然、剣と魔法の世界に紛れ込んでしまう。
エルフがいて、ドワーフがいて、そして獰猛なオークがいる。
魔法が身を守り、魔法によって攻撃され、馬に乗り、剣を振るう。
ちょうど物語は、彼女とその仲間のエルフが、追いかけてきたオークたちに囲まれているところだった。
エルフが弓を使い、少女は剣を使う。
この世界に紛れ込んで覚えた剣の腕は、今では低級のオークぐらいなら蹴散らせる程度には上達していた。
襲い掛かってきたオークを剣で斬りつけ、続いてエルフの背後から迫り来るオークもなぎ倒す。
けれどもまだ、オークたちの数は減らなくて……。
そこで電車はがくんと停車した。
地下鉄四つ橋線の終点、住之江公園駅だった。
「はぁ……またいいところだったのにな……」
ため息をつきながら、きっちりと栞を挟み、柑菜は地下鉄を降りる。
長い階段を上り、さらに通路を移動して、今度は地下鉄ニュートラムに乗り換える。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

« 異邦日和<2> | トップページ | une ombre »

異邦日和<連載中>」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 異邦日和<1>:

« 異邦日和<2> | トップページ | une ombre »